じむはタケになった

竹原正起、通称「じむ」の結婚式へ出かけた。


なんかこんな夜は、雨も降ってやがるし、書きたいと思う。


じむは僕が上京し、大学に入学してから一番最初に仲良くなった人間だった。
忘れもしない。確か、教室でなんとなく会話を交わしたあと、二人で学食に出かけた。確か、うどんを食った。
うどんを食いながら、さっき会ったばかりで距離感の詰め方がわからないまま話しつづけた。自分の夢とか目標みたいなものをほぼ一方的に語って聞かせ続けた気がする。大学っていうのは、そういう場所だ!という思い込みもあったし、なぜか気持ちよく語れた。
じむは「うんうん」と聞き続けてくれた。


それから、一緒にフルタ丸を立ち上げ、公演を重ね、色んな所へ遊びに行った。ニューヨークへも一緒に行ったか。友人であり劇団メンバー。まーそんな感じで、大学を卒業しても何も変わらなかった。20代半ば、僕が住んでいた狛江市になぜか引っ越してきて、近所に住んでいた時期もある。あの時は夜な夜なお互いの家を訪れ、朝まで何を話していたのかも思い出せない。



確か、第10回公演『催眠術』の時の写真だ。一番右がじむ。
この頃、男だけのメンバーで作品を作り続けていた弊害が一気に噴出して、空気が超絶悪く、作りながら喧嘩しまくっていた時期だった。稽古中に飛び出すように帰ってしまうやつもいて、僕はなんかもう全てが嫌になってしまった。
ある稽古の帰り道、じむに「俺、この公演が終わったら、フルタ丸を終わりにしようと思うんだよね」と告白した。
いつもみたいに同意してくれると思っていたら、
じむに止められた。しかも、泣いて止められた。
安っぽいドラマじゃない。けど、じむは泣いていた。
別に泣きたかないが、抑えようにも涙が出てくるという泣き方だった。
目の前でいい年した男に泣かれ、想像以上に気持ちをもっていかれた。


「フルタ丸が終わるときは、ジュンが納得するもので終わらなきゃダメだ」


涙ながらにそんなことを言われた。こうして、今もまだフルタ丸をやっているってことは、その時に辞めない選択をしたからであり、じむの涙に負けたのだった。


じむは不思議なやつだった。やる気があるようでないし、ないようであった。
役者としては、劇団の看板俳優だった。
上手い下手じゃない。僕の描く作品の真ん中にいるのが、じむという人間であり、役者としてそれを体現していた。作品を彼方へと振り切ってくれていたのもじむだった。
つまり、役者として抜群にオモロかったのだ。でも、一回も面と向かって彼を褒めたことがなかった。
こうして永遠に続くかと思われていた関係も、じむが就職することでぷっつりと終わりが来る。
じむが役者として出ていたのは、第13回公演までだ。第14回公演はスタッフとして参加したが、そこでフルタ丸を去った。
あれから6年。
僕の中のじむは、あの時のじむで止まっていた。
そこで、今日の結婚式につながる。


「じむ」が社会人として、職場の仲間や上司に気さくに「タケ」と呼ばれている現実を初めて目の当たりにした。
いやいやいやふざけんなよ、と。
「じむ」だろう?「じむ」は「じむ」だろうと僕は思った。
けど、もう誰も「じむ」とは呼んでいなかった。
2時間という披露宴の間、もう「じむ」じゃないんだなぁということをゆっくりと噛み砕き、理解した。
そのための披露宴だったかもしれない。
別に性格が変わったわけじゃない。人間性も変わらない。学食でうどんを食った日から何も変わってない。ただ、「じむ」は「タケ」になった。タケとしての責任、タケとしての闘う場所、そういうものが変わったということ。
そこに良いも悪いもない。ただ、僕が少し寂しかったというのが本音か。
結局は、そういうことか。


披露宴の途中で、ビールサーバーを背負って各テーブルに注ぎに来た。

幸せそうだった。
何回も色んな人に「ありがとう」と言っていた。
もういいだろ!というぐらい言っていた。
僕の知っている「じむ」だった。


幸あれ。