無念
仕事で赤坂に向かっていた。
緑のラインが素敵な千代田線に揺られて。
僕の隣におそらく仕事先の関係である若い男と女が座っていた。
まだ知り合ったばかりなのだろう。
どこへ向かっているのかは知らない。
ラブホテルではないと思う。
2人は仕事とは関係ないお互いの個人情報を教え合っていた。
「俺、友だちと3人でルームシェアしてるんですよ」
若い男がそう言うと、女がこれに食い付いた。
「ルームシェア萌え」という言葉があるかどうかは知らないが、明らかに萌えていたように見えた。
だって、そこからの女のテンションがまるで違ったから。
「ど、どれぐらいなの!?それは?!」
食い気味に質問して、男が答え始める。
大家さんとの関係性やルームシェアしている仲間のこと。
しかし、おそらく女は家賃を知りたがって放った質問だった。
その物件の家賃を。
男はそれを知ってか知らずか、間取りやリビングの広さについて雄弁に語りだす。
家賃にだけは触れない。
赤坂駅が近付いていた。
僕は、どうしても家賃の「額」だけを聞かないと気持ち的に終われなくなっていた。
他人の会話に肩入れし過ぎていた。
でも、男はもはや意図的と思えるような塩梅で家賃の額だけを言わない。
言うのか?と思わせて決して言わない。
赤坂駅に着いた。
ドアが開いた。
僕はギリギリまで車内にいる。
家賃を問う女の追跡はない。
お前はいいだろうよ。
この後、聞けるんだからよ。
ラブホテル行くのかよ。
久しぶりにこんな無念さを抱えて赤坂駅を降りた。
むしゃくしゃした。